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広島高等裁判所 昭和29年(ネ)221号 判決

控訴人 原告 高垣松一

訴訟代理人 上田八九三 外二名

被控訴人 被告 ウツミ屋証券株式会社 代理人 馬場照男

同 部矢平三 代理人 由井健之助

主文

控訴人の被控訴会社に対する第一次の請求を棄却する。

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す、被控訴会社は控訴人に対し住友化学株式会社株式百株券三十枚(一株額面金五十円、全額払込済)の返還をせよ、右株券を返還することができないときは被控訴会社は控訴人に対し金四十五万五千円の支払をせよ、被控訴会社は控訴人に対し金三十四万円及びこれに対する昭和二十八年二月五日より完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、右第一次の請求が認容せられない場合予備的に「被控訴人等は連帯して控訴人に対し金七十四万五千円及びこれに対する昭和二十八年二月五日より完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。被控訴代理人等は控訴棄却の判決を求め、被控訴会社代理人は控訴人の第一次の請求につき「控訴人の請求を棄却する」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、以下に附加する外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

第一、控訴人の主張

(一)控訴人は原判決事実摘示第一(1) 前半記載の通り昭和二十七年十月十九日被控訴会社尾道営業所主任たる被控訴人部矢に対し被控訴会社に対する株式売買の信用取引を委託し、証拠金代用として住友化学株式会社株式百株券三十枚(一株の額面金五十円、全額払込済)を被控訴人部矢に交付し、同年十月二十日より同年十二月九日までの間に原判決末尾添付別表記載の通り株式売買を委託しこれにより控訴人は金三十四万円の利益を得る計算となつた。控訴人は同年十二月九日手仕舞をなしたところ、被控訴会社は前示株券を返還せず且つ右利益金を支払わないので、第一次の請求として控訴人は被控訴会社に対し前記委託契約に基き前示証拠金代用株券の返還、右返還不能の場合には右株券の時価四十万五千円の支払並びに控訴人の利益金三十四万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十八年二月五日より完済まで民法所定の年五分の遅延利息の支払を求める。

なお、控訴人は特定の株券の返還を求めるものではなく、前記株券と同種の株券の返還を求めるものである。

(二)被控訴会社に対する右第一次の請求が理由のない場合には、原判決事実摘示第一(1) (2) 記載の通り被控訴会社は被控訴人部矢の不法行為により控訴人の被つた損害につき民法第七百十五条によりこれを賠償すべき義務があるから、控訴人は予備的に被控訴会社及び被控訴人部矢に対し連帯して右損害金七十四万五千円及びこれに対する前記昭和二十八年二月五日より完済まで年五分の割合による遅延利息の支払を求める。

第二、被控訴会社の主張

(一)控訴人の右主張事実を否認する。控訴人主張の取引は、被控訴人部矢が被控訴会社より解雇せられた後に控訴人と被控訴人部矢との間になされたものであるから、被控訴会社は右取引につき何等の責任も負うものではない。

(二)被控訴会社尾道営業所の職務範囲は、客からの注文を本社に取次ぐいわゆる取次行為のみである。また、売買報告書は本社が発行するものであつて、営業所にはこれを発行する権限はない。

第三、被控訴人部矢の主張

控訴人は、控訴審において被控訴人部矢に対する請求を予備的に併合するに至つた。しかし、主観的予備的併合は次に述べるような理由で、訴訟法上不適法である。

(一)当事者を変更する訴の変更は現行法上許されない。しかるに、主観的予備的併合は訴訟の途中において当事者の変更を認めるのと同様となる。

(二)主観的予備的に請求を受けている被控訴人部矢は、第一次の請求が認容せられる限り自己の同意なくして訴訟係属を遡及的に消滅せしめられ、既判力ある判決を受けることができなくなる。

(三)控訴人の本件控訴により第一審判決は全部移審の効力を生じているのであるが、控訴審において仮に第一次の請求が認容された場合、被控訴人部矢の第一審勝訴判決が遡及的にその効力を失うが如き不当の結果を招来する。

証拠として

控訴代理人は、甲第一号証の一から十四まで、第二、第三、第四号証、第五号証の一、二、三、四、第六号証の一、二、第七号証から第十号証までを提出し、原審証人高垣清吉、高垣正春、小玉晴幸、奥田元三郎、当審証人高垣三郎、奥田元三郎、岸本貞雄の各証言、原審における被控訴人部矢平三本人尋問の結果(第一、二回)、原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、乙各号証の成立は不知であると述べた。

被控訴会社代理人は、乙第一、第二、第三号証、第四号証の一から六までを提出し、原審証人福井{日政}太郎、岸本貞雄、栄花善吉、入江平蔵、当審証人岸本貞雄、西原良治、赤木茂の各証言、原審(第一回)及び当審における被控訴人部矢平三本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の一から十四まで、甲第六号証の一、二の各成立は否認する。甲第三、四号証の成立は不知である、甲第七号証が控訴人主張の標識の現場写真であることは認める、その他の甲各号証の成立を認めると述べた。

被控訴人部矢代理人は、乙第一、第二号証を提出し、原審における証人福井{日政}太郎、岸本貞雄、栄花善吉、入江平蔵の各証言、被控訴人部矢平三本人尋問の結果(第一回)を援用し、甲第三、第四、第七、第八、第九号証の成立は各不知である、その他の甲各号証の成立を認めると述べた。

理由

控訴人は原審において、被控訴会社の被用者たる被控訴人部矢の不法行為を理由として民法第七百十五条に基き(一)被控訴人等各自に対し住友化学株式会社百株券三十枚の返還及び右返還不能の場合金四十万五千円の支払並びに(二)被控訴人等各自に対し金三十四万円及びこれに対する昭和二十八年二月五日以降完済まで年五分の割合による金員の支払を請求していたのであるが、当審において訴を変更し、第一次に控訴人と被控訴会社との間に成立した株式売買委託契約の終了を理由として、更に原判決事実摘示第二記載の事実を予備的請求原因として被控訴会社に対し右と同趣旨の請求をなし、次いで第二次の請求として被控訴人部矢の不法行為を理由として民法第七百十五条に基き被控訴人等に対し連帯して金七十四万五千円及びこれに対する昭和二十八年二月五日より完済まで年五分の割合による金員の支払を請求するに至つたものである。その結果、原審においては単純な共同訴訟として提起せられた本件訴訟が、当審において学説上いわゆる主観的予備的併合訴訟となつたのである。ところで、被控訴人部矢はかかる主観的予備的併合の訴訟形態は現行法上許容せられ得ないものであつて不適法である旨主張するので、まずこの点について判断する。

現行民事訴訟法上訴の主観的予備的併合が許されるか否かについては学説の分れるところであり、下級審の判決例も区々である。訴の客観的予備的併合については、明文の規定がないのにかかわらずこれを許されるものと解するのが学説判例の一致した見解である。訴の主観的予備的併合についても同じく明文の規定がないのであるから、これを現行法上禁止せられたものと解しなければならぬ論理的な必然性は存しない。これを許容すべきか否かは、主としてかかる訴訟形態を認めることが民事訴訟の要請たる当事者公平の原則に背反するか否か或は訴訟経済の原則に合致するかの考慮により決定せらるべきものである。現下の我国の経済情勢を眺めるに、中小企業においては同族会社の如く外観上個人企業か会社企業か判明し難いもの或は実質上は個人企業でありながら形式的に会社組織の形態をとつているものが多い。かかる企業態と取引した相手方は、その取引についての法律上の責任者が果して個人であるか或は会社であるかの判断に迷う場合が少くなく、民事訴訟の実際においても、その取引の責任者として訴えられた個人がその取引は会社の取引であると抗争し或は被告となつた会社がその取引の責任者は個人であるとして抗争する事件が次第にその数を増している。その他、原告甲において被告として訴を提起すべき相手方が乙であるか丙であるかを、訴訟の審理を待たずしてあらかじめ確定することに困難を感ずる事例は稀ではない。かかる場合、原告甲が一方の乙を被告として訴を提起し、その結果その取引の責任者は乙ではなくて丙であるとの理由で敗訴した後において、あらためてその丙を被告として訴を提起するより外に途がないとすれば、これがために原告甲の被るべき費用労力並びに時間的損失は甚大である。右の如き場合に、訴の主観的予備的併合が許されるとすれば、原告甲は一挙に正当なる被告が乙丙の何れであるかを解決し得るのであるから、訴訟経済の理想に照しても、民事訴訟法第五十九条、第二百二十七条の要件を充たす限り訴の主観的予備的併合を認めることが望ましいことと考えられる。(数名の原告の間に主観的予備的併合の関係の存する場合も同様である。)なるほど、右の場合原告甲の被告乙に対する勝訴判決が確定した場合には、解除条件の成就により予備的に併合せられた被告丙に対する訴は、判決を受くることなくして終了することになるのであるから、それまでの被告丙の応訴行為は徒労に帰し被告丙が不利益を被ることは明白であるけれども、訴の取下の場合に準じて被告丙の支出した訴訟費用は原告甲の負担となるものと解すれば、被告丙の被る不利益はある程度緩和し得るのである。訴の主観的予備的併合を認めることによつて原告の受ける利益と予備的に併合せられた被告の不利益とを比較した場合、民訴法上の公平の原則に照して許容し難い程の不公平が生ずるものと解することはできない。一方、乙、丙に対する訴訟が同時に各別に提起せられ審理せられた場合、訴訟資料が各別に提出せられて区々となり、裁判の不統一を生むおそれのあることを考えれば、訴訟資料が共通に利用せられることにより期待し得る訴の主観的予備的併合における裁判の統一は、法律政策上も望ましいところである。被控訴人部矢は、かかる訴は訴訟中に当事者の変更を認めるのと同様な結果になるから不適法であると主張する。しかし、訴の主観的予備的併合においては、訴提起の当初から当事者は確定しているのであつて、訴の途中において当事者の変更を来すものではない。次に、被控訴人部矢は、第一次の請求が認容せられた場合同被控訴人の同意なくして訴訟係属を遡及的に消滅せしめられ、既判力ある判決を受けることができなくなるから、右の如き併合は不適法であると主張する。なるほど、予備的に併合せられた被告にかかる不利益の生ずることは前述の通りであるが、このことから直ちに訴の主観的予備的併合が訴訟法上不適法であるとの結論を導き得ないことは、前述したところによつて明らかである。更に、被控訴人部矢は、本件において第一次の請求が認容せられた場合同被控訴人の第一審勝訴判決が遡及的に効力を失う結果を生ずるのは不当である旨主張する。本件に在つては、原審においては通常の訴の主観的併合が存在し、原判決は被控訴人両名に対する控訴人の請求を棄却したのであるから、控訴人の控訴の結果、原判決全部につき移審の効力を生じている。控訴人はすでになされた控訴人と被控訴人部矢との間の第一審判決を同被控訴人の同意なくして一方的に失効せしめることは法律上許されないところであるから、たとえ第二審において被控訴会社に対する第一次の請求が認容せられその判決が確定しても、被控訴人部矢の第一審勝訴判決が当然にその効力を失うものと解することはできない。本件の場合、控訴人は被控訴会社に対する第一次の請求が認容せられれば、被控訴人部矢に対する第一審敗訴判決につき第二審の判断を求める意思のないことが明らかであるから、控訴人と被控訴人部矢との間の控訴審手続は終了し、同被控訴人の第一審勝訴判決はそのまま確定し既判力を生ずることになる。従つて、同被控訴人の主張する如き不当な結果を生ずるものと解することはできない。最後に、訴の主観的予備的併合を認めても、上訴の場合裁判の統一が保障せられないとの非難がある。原告甲が第一審において第一次の被告乙に勝訴した場合、乙が控訴しても予備的に併合せられた被告丙に対する原告甲の訴については判決が存在しないのであるから、甲丙間の訴訟は第二審の審判の対象とならない。若し、第二審が甲乙間の控訴事件につき、乙に対する請求が理由がないとの結論に達した場合には、第一審は乙に対する第一次の請求を棄却した上更に甲の丙に対する第二次の請求につき判断すべきであつたのにかかわらず誤まつて乙に対する請求を認容して丙に対する第二次の請求につき判断しなかつたことになるわけであるから、第二審は乙に対する第一次の請求を認容した原判決を取消し、事件を第一審に差戻すべきものである。甲の丙に対する第二次の訴は、乙に対する第一次の訴につき確定勝訴判決の生ずるまで第一審に係属しているのであるから、右差戻により再び従前の主観的予備的併合の状態に復し、第一審は、第二審の判決に従い乙に対する第一次の請求を理由のないものとして丙に対する第二次の請求の当否につき判断すべきものである。右設例の場合と反対に、甲が第一審において第一次の被告乙に対し敗訴し、第二次の被告丙に対し勝訴判決を得た場合、丙がこれに対して控訴しても、甲が乙に対する敗訴判決に対し控訴しなければ、乙に対する敗訴判決は確定する。この場合、第二審が甲の丙に対する請求は失当であるが乙に対する請求は正当であると認定しても、第二審は原判決を取消して甲の丙に対する請求を棄却し得るに止まり、甲の乙に対する請求についての判断をすることがでない。この結果、甲は乙、丙両者に対して敗訴することになるが、これは甲が乙に対する敗訴判決に対し控訴することを怠つた為に自ら招いた不利益であつて、甲は乙に対する控訴をすることによつてかかる不利益を防止することができる。以上に判断したところから考察すれば、訴の主観的予備的併合を認めても上訴の場合の裁判の統一が保障せられないとの非難は、かかる併合を認めることによつて生ずる訴訟経済上の利益を無視せしめるほど強力のものであるとは考えられない。

訴の主観的予備的併合が、現行法上許さるべきものであると解する以上、控訴人のなした前示訴の変更もまた適法であると言わねばならぬ。

そこで、控訴人の被控訴会社に対する第一次の請求について判断する。

被控訴会社が証券取引法にいわゆる証券業者であつて、昭和二十七年一月十三日より尾道市栗原町所在の被控訴人部矢方に尾道営業所を開設し、同被控訴人を右営業所主任に選任しその業務を担当させていたことは当事者間に争がない。

控訴人は、昭和二十七年十月十九日被控訴会社尾道営業所主任たる被控訴人部矢に対し被控訴会社に対する株式売買の信用取引を委託し、証拠金代用として住友化学株式百株券三十枚を交付した旨主張し、被控訴会社は、同年六月末日限り尾道営業所を廃止し被控訴人部矢を解雇したから、その以後になされた控訴人と同被控訴人との間の取引につき被控訴会社は何等の責任も負うものではない旨主張する。書面の体裁に照し真正に成立したものと認め得る甲第三号証、原審及び当審証人岸本貞雄の証言、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人部矢平三本人尋問の結果を綜合すれば、被控訴会社は前示の通り昭和二十七年一月十三日尾道営業所を開設し被控訴人部矢をその営業所主任に選任したが、同営業所の成績が思わしくないので、同年六月中旬頃被控訴会社常務取締役岸本貞雄は尾道営業所におもむき被控訴人部矢に対し同営業所を閉鎖する旨を告げその営業を停止せしめたこと、その結果同営業所における取引は大体同月末頃には決済せられ、その頃被控訴会社と被控訴人部矢との間の雇傭関係は解雇により終了したこと、被控訴会社は尾道営業所を他に移転させる計画であつたので、同営業所の廃止については直ちにその届出をせず同年十月二十八日に至り三次町へ同営業所を移転する旨広島証券取引所に届出でたことを認めることができる。原審及び当審証人奥田元三郎の証言、原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は容易に信用できない。なお、当審における被控訴人部矢平三本人尋問の結果により真正に成立したと認め得る甲第一号証の一から十四まで、甲第六号証の一、二、原審証人高垣正春の証言により成立を認め得る甲第二号証、原審証人高垣正春の証言を綜合すれば、被控訴人部矢は昭和二十八年一月末頃までその店頭に「ウツミ屋証券尾道営業所」の看板並びに証券取引法第四十二条所定の「ウツミ屋証券株式会社尾道営業所」の標識を掲げていたこと並びに昭和二十七年七月以降においても被控訴人部矢は訴外奥田元三郎或は控訴人に対しウツミ屋証券株式会社尾道営業所なる記名印及び角印の押してある私製はがきの用紙を用いて売買報告書を作成交付していたことを認めることができるけれども、原審及び当審証人岸本貞雄の証言、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人部矢平三本人尋問の結果を綜合すれば、前示の通り昭和二十七年六月中旬頃被控訴会社常務取締役岸本貞雄が尾道営業所を閉鎖することを被控訴人部矢に告知した際、同営業所の看板や標識を撤去するように指示したこと、しかるに被控訴人部矢は多少世間体などを気にして前記看板及び標識を翌年一月末頃まで放置していたが、昭和二十七年七月以降は被控訴会社の尾道営業所としての取引をしたことはないこと、また被控訴人部矢は昭和二十六年十月末頃まで大同証券株式会社の尾道営業所の仕事をしておりその際同会社名義の売買報告書用の私製はがきを多数印刷していたところ、翌昭和二十七年一月より被控訴会社尾道営業所主任に就職したので、右私製はがき用紙中「大同証券株式会社」と印刷せられた部分を訂正し「ウツミ屋証券株式会社尾道営業所」の記名印及び角印を押捺して同営業所の取引につき使用していたこと、そして、昭和二十七年六月末日頃被控訴会社尾道営業所が閉鎖せられ被控訴人部矢が解雇せられた以後においても、同被控訴人は自分の世話した株式売買取引につきメモ代りに前記の通り訂正せられた私製はがきの使用残りの用紙を利用していたものであつて、甲第一号証の一から十四まで及び甲第六号証の一、二の各売買報告書は右尾道営業所における取引につき発行せられたものではないことを認め得るから、前記甲各号証によつても、被控訴会社尾道営業所が昭和二十七年六月末頃閉鎖せられ被控訴人部矢と被控訴会社との間の雇傭関係が終了したとの前示認定を左右することはできない。

しからば、控訴人が被控訴人部矢に株式売買の信用取引を委託し証拠金代用として前記株券を交付したと主張する昭和二十七年十月十九日当時においては、すでに被控訴会社尾道営業所は閉鎖せられ被控訴人部矢は同営業所主任たる地位を失つていたのであるから、被控訴人部矢が右営業所主任として控訴人より控訴人主張の如き株式売買の信用取引の委託を受けたことを前提として、控訴人と被控訴会社との間に右委託契約の成立したことを主張する控訴人の被控訴会社に対する第一次の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるといわねばならぬ。

次に、控訴人は、被控訴会社は昭和二十七年七月より昭和二十八年一月まで被控訴人部矢が従前通り店頭に「ウツミ屋証券尾道営業所」の看板及び標識を掲げ且つ被控訴会社の印章を押捺した用紙を使用して引続き被控訴会社の商号を使用して証券業を営むことを許容し或はこれを黙認していたため、控訴人は被控訴会社を営業主であると信じて前示取引をなしたものであるから、被控訴会社は商法第二十三条により右取引につき責任を負うべきものである旨主張する。しかし被控訴会社が尾道営業所を閉鎖した以後においても右看板標識或は用紙を被控訴人部矢において使用することを許諾した事実の存しないことは前に認定したところより明白であり、被控訴会社が同被控訴人にその商号を使用して証券業を営むことを許諾し或は黙認した事実を認めるに足る証拠は存在しない。更に前記甲第一号証の一から十四まで原審証人福井{日政}太郎、入江平蔵、栄花善吉の各証言、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人部矢平三本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すれば控訴人は昭和二十七年十月頃その親族に当る訴外奥田元三郎の紹介で被控訴人部矢と取引するに至つたこと、奥田は被控訴人部矢が被控訴会社の尾道営業所主任となる以前から同被控訴人に株式売買の委託をなし同被控訴人の勧告に従つて相当の利益を挙げることができたので昭和二十七年六月末頃同被控訴人が被控訴会社より解雇せられて尾道営業所を閉鎖した以後においてもしばしば同被控訴人方に出入りして株式売買の相談をなし同被控訴人を通じて被控訴会社以外の証券業者に株式売買を委託していたこと、右のような経緯から同年十月控訴人が奥田より被控訴人部矢を紹介された時、控訴人は同被控訴人がその店頭に被控訴会社尾道営業所の看板及び標識を掲げていてもすでに被控訴会社より解雇せられていた事実を知つていたこと、控訴人は同被控訴人の株式取引の手腕を利用して利益を獲得しようと考え、同被控訴人に対し確実な証券業者に株式売買の信用取引を委託することを依頼し、前記株券を証拠金代用証券として交付したこと、同被控訴人は右委任の趣旨に従い当時同被控訴人において確実な業者であると信じていた訴外土井証券株式会社に対し控訴人のため同被控訴人名義で株式売買の信用取引を委託し、控訴人より受取つた前記株券を証拠金代用として同会社に預託して原判決末尾添附別表(但し十二月九日「〃」とあるのを「海上火災」と訂正する)記載の通り昭和二十七年十月二十日より同年十二月九日まで株式の売買をなし、右取引成立の事実を、同被控訴人は前示の通り被控訴会社尾道営業所主任当時に使用していた売買報告書の私製はがきの使い残り用紙(甲第一号証の一から十四まで)を利用して控訴人に報告していたこと、控訴人は同被控訴人が右の通り控訴人のため右訴外会社に同被控訴人名義で前記株券を預託し株式売買を委託していたことを同被控訴人の報告により了承しており同年十一月中には控訴人自から右訴外会社に電話して株式の取引につき指示を与え或は同会社より直接控訴人に対し電話で連絡されたこともあること、しかるに右訴外会社は同年十二月十日頃資産状態悪化のためその営業を停止するに至つたので、控訴人は広島市の同会社本店におもむき他の債権者等と共に善後策を協議したことを認めることができる。原審証人高垣清吉、原審及び当審証人奥田元三郎の各証言、原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は容易に信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しからば、控訴人は被控訴会社を営業主と誤認して取引したものとはいえないから、控訴人の前記主張は理由がない。

更に、控訴人は、被控訴人部矢は被控訴会社尾道営業所主任であつて被控訴会社の商業使用人としてその代理人と認むべきところ、被控訴会社は右営業所の廃止並びに同被控訴人解雇の事実を公示せずまた控訴人に通告していないから、被控訴会社は同被控訴人の代理権消滅を以て善意の第三者たる控訴人に対抗し得ず控訴人主張の取引につき本人にして責任を負うべきものである旨主張する。しかし、控訴人が被控訴人部矢を被控訴会社の代理人として前記取引をしたものでないことは、以上に認定した事実により明白であるから、控訴人の右主張は理由がない。

そこで、進んで控訴人の被控訴人等に対する第二次の請求について判断する。

控訴人は、被控訴人部矢が控訴人より被控訴会社に対する株式売買の信用取引の委託を受け証拠金代用として前記株券を受取りながら控訴人を欺いて擅に右株券を訴外土井証券株式会社に預託して同会社に株式の売買を委託し同会社の営業停止により控訴人主張の如き損害合計金七十四万五千円を控訴人に被らしめたものである旨主張する。しかしながら、前示認定の通り控訴人は被控訴人部矢に対し被控訴会社への株式売買の信用取引を委託したものではなく、また同被控訴人が控訴人の委任の趣旨に従い控訴人のために同被控訴人名義で右訴外会社に前記株式を証拠金代用として預託し同会社に株式の売買を委託したことを控訴人において了承していたのであるから、同被控訴人が控訴人を欺いたものでないことは明白であつて、たとえ同会社の営業停止により控訴人が損害を被つたとしても、同被控訴人の所為が不法行為を構成しないことは明らかである。従つて、同被控訴人の所為が不法行為を構成することを前提とする控訴人の被控訴人等に対する第二次の請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当であるといわねばならぬ。

しからば、控訴人の本訴請求はすべて理由がないものといわねばならない。そして、控訴人の被控訴会社に対する第一次の請求は、当審において新たに附加せられたものであるから、これを失当として棄却し、被控訴人等に対する第二次の請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴は理由のないものとし棄却すべきものである。

よつて、控訴審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

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